「「熱田空襲の新型爆弾による窪み」 1945年6月9日、空襲警報解除後、米軍B29による新型爆弾で熱田空襲。その数、数百発とか。軍需工場の愛知時計が狙い。学徒動員の若者などが8分間で2068人が犠牲になる。名古屋空襲で最大の死者を出した。この2ヵ月後、終戦、中国などで2000万人殺戮。日本人は、軍属含めて310万人が死亡。戦争は、してならない。 >撮影 太田武宏(写真クラブ アクト会員)